「異世界+主人公が強い」の量産型をもう何年も棚で見てきた。設定書きが3ページ、能力名は漢字+カタカナで15文字、ヒロインは銀髪。テンプレを煮詰めた作品ばかりだ。
そう思って読み始めた『葬送のフリーレン』。1話の冒頭でいきなり時間が50年飛んでいた。仲間の葬式で長寿のエルフだけが「人間の感情を理解しなかった自分」に気づく、という構図。これは異世界モノの皮を被った、別の何かだ。
主役は無表情、相棒は人間らしい——この対比が物語を回す
この作品の心臓は、エルフのフリーレンと弟子フェルンの「教える側/教わる側」が時々入れ替わる瞬間にある。
フリーレンは1000年以上生きていて、感情の起伏がほぼない。普通の作品ならこれは欠陥だ。読者は感情移入できない、共感できない、そう言いたくなる。だが彼女の「無」は空白ではなく、長すぎる時間の蓄積を圧縮した結果の表情なのだ。彼女は怒らないのではなく、怒るような出来事を全部過去に置いてきている。
弟子フェルンは10代の人間。年齢相応に拗ねるし、不機嫌になる。フリーレンが何気なく言った一言で機嫌を直したり崩したりする。この対比は、本作の絵作りの中核と言っていい。途中から加わる臆病な勇者シュタルクとの3人パーティーの会話のリズムは、戦闘より読みやすい。本作は、表情と間で説明する作品だ。
「魔王を倒した後」から始める発明と、それを保たせる技術
本作の強みは3つに集約できる。
1つ目は、起点が普通と逆である点。「魔王を倒した後」から始める。冒険の終わりを開幕にする発明は、思いつくのは簡単だが、それを2500ページ以上保たせる作家はそういない。多くは数十話で息切れする。
2つ目は、「失ってから気づく」という構造を、エンタメ漫画の文法でやっていること。普通こういうテーマは文芸寄りの作品で扱われる。だが本作は剣と魔法と魔族との戦闘も普通にあるし、笑えるシーンもある。重い哲学を持ち出さず、戦闘漫画のフォーマットの中で時間と喪失を描く。これは器用さの極みだ。
3つ目は画面の静けさ。マッドハウスのアニメ版を観た人は分かると思うが、戦闘がない場面の「間」が異常に長い。普通アニメは尺を詰めてくる。だが本作は逆に、原作の余白をさらに広げてくる演出をした。これが化学反応を起こした。
Amazon Prime Video のアニメ版から入るのが、たぶん一番効率的だ
正直なところ、原作を1巻から買うのは賭けだ。1巻だけ読んで合うかどうかを判断できる作品ではない。「展開が遅い」のが体質だから、3巻まで読んで初めて噛み合うパターンも普通にある。
だったら、アニメ版を一気に観てしまうのが速い。マッドハウスが作った全28話、金曜ロードショー枠で初めて非映画アニメが流れたという事実が示す通り、これは1クールで終わらない作画と音楽を持っている。Evan Callの劇伴は単独で聴いても良質だ。
Amazon Prime Video には全話入っている。会員ならついでに観られるし、未加入でも30日無料体験で全話観終わる。観終わってから「もっと先が読みたい」と感じたら、その時点で原作を買えばいい。順番が逆じゃない、これが一番損しない順番だ。
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何と言われようと、自分の目で2話まで観て判断するのが一番早い。私の評価が信用できないなら、なおさらだ。
あらすじを最低限だけ——余計に語るとネタバレになる
長寿のエルフ魔法使いフリーレンは、勇者ヒンメル率いる4人パーティーに入って魔王を倒した。10年の旅だった。彼女にとっては「ちょっと出かけた」程度の時間だ。
魔王討伐から50年後、再会した仲間のヒンメルが寿命で死ぬ。葬式でフリーレンは初めて泣く。「人間のことをもっと知っておけばよかった」と。そして彼女は、ヒンメルが歩いた場所を辿る旅に出る。途中で彼が拾った孤児フェルンを弟子に取り、別の旧仲間アイゼンの依頼で、北の果ての「魂の眠る地」を目指す。
これだけだ。設定はシンプル。ややこしい異能バトルもない。だが、この道中で起きるすべての小さな出来事に、「人間の時間と、フリーレンの時間の落差」が滲む。それが本作のすべてだ。
読み心地は「速読の真逆」——でもそれが効く
読んでいて何がいいかは、「次のページが気になって眠れない」タイプの作品ではないということだ。
ページをめくる手が止まる作品。一コマ眺めて、少し考える時間を要求してくる作品。深夜に読むと刺さりすぎて翌日に響くから、休日の昼に読むのがちょうどいい。動かない週の表情を1コマじっくり見ていると、過去の伏線が回収されていることに気づく瞬間がある。これがクセになる。
優れている点は、絵・音楽・間、すべてが「綺麗」で構成されている。汚さや過剰な感情で勝負しない、これが現代の漫画では珍しい。
欠点も書く。感情の波がほぼない時期が連続するので刺激を求めて読むと退屈する。戦闘が知略系で能力バトル好きには物足りない。伏線回収が遅く、10巻先で明かされるパターンがあり追いかけにくい。
だがこれらは「合うか合わないか」の話で、作品の出来とは別問題だ。マンガ大賞ほか主要4賞を独占したのは、流行ではなく純粋に内容で勝った結果だ。
向いている人と、絶対に合わない人
この作品は、こういう人に向いている。
- なろう系の量産にもう疲れた人
- 戦闘より会話と表情が好きな人
- 「失ってから気づく」というテーマに共鳴する経験を持っている人
逆にこういう人には合わない。
- とにかく強い主人公が無双するのを見たい人
- 毎話派手なバトルがないと退屈する人
- 30分で結論が出る話が好きな人
フリーレンの無表情を「冷たい」と感じるか「奥行きを感じる」と感じるか。これがこの作品との相性の判定基準だ。
同時代の作品の中での位置づけ
本作の位置づけを一言で書くなら、「『鋼の錬金術師』が完結後の世界を描いたら、こうなったかもしれない」だ。比較対象としては雑だが、「冒険の余熱で人生を描く」という点で似ている。本作は累計3000万部に届き、アニメ3期まで決まった。流行ではなく、ジャンルを少し広げた一冊として漫画史に残る作品だ。

